「釣り」の法則

 

ソーシャルメディア関連でさいきん話題になるキーワードに、「フェイクニュース」があります。

 

これは、ある意図を持って流され、いわば人を「釣る」ための捏造記事等のこと。記事そのものは、オリジナルに捏造されるものとは限らず、他人の書いた別記事を流用したり、リライトしたり、あるいは(そのときには正しかった)昔の情報を、わざと流すことで嘘を拡散したり・・・手法は、いろいろです。

 

ソーシャルメディアに深く関わる皆さんなら、おそらくある程度の耐性がついて、嘘を嘘と見破ることも難しくないと推察しますが、しかし、それでも数が多すぎて、疲れているときや眠いときなど、注意力が低下し、ついうっかりと信じ込んでしまうようなことも、ないとは言えないかもしれません(もちろん、私もそうです)。

 

さらにタチが悪いのは、発信者が、意図してついた嘘ではなく、それをそのまま信じ込んでいる場合。さいきん特に多いのが、みんなの口に入る普通の食品などについて、「実は健康に悪い」「違法な添加物が使用されている」「他国では健康被害が報告されている」「農薬まみれだ」等々、「実はこうなんだ」と、検証困難なのですが、本人が信じ込んでいるだけ、自信に満ちた断定的な口調で言い切られてしまいますから、なんらの予備知識なく読んでいる側としては、ついつい、信じそうになってしまいますよね。

 

これらの記事を読むたび、思い出すのは、スタンリー・キューブリック監督の名作ブラック・コメディ映画、『博士の異常な愛情』です。ソ連が飲み水に細工し、米国人の健康を奪っていると思い込んだ将軍が、独断でソ連に対する核攻撃を指令することから、滅亡の危機が世界を襲うというストーリー。

 

こうした、誰の口にも入る日常的なもののなかに異物や毒が込められているという脅し方は、いつの時代も、人を「釣る」ための黄金ワードになり得ます。逆に、そうしたフェイクの「黄金律」みたいな部分に対する人々の監視の眼も厳しくなってきており、表現のしかたひとつで、意図していなくてもフェイクとみなされたりして炎上したり・・・といった可能性もあるわけで、発信側としては、つねにわきまえておきたい法則のうちのひとつかもしれません。