キラキラだっていいじゃない
 
 
 
2017年は、「インスタ映え」が流行語大賞に押されたことでも明らかなように、Instagramがメディアとして、一般認知された年だと思います。同時に、Instagramという、写真でコミュニケーションをとるソーシャルメディアにどのように向き合うのか、レイトマジョリティを含む多くの人々にとって、新たな関心事になった気がします。
 
地上波テレビの番組に、このような「インスタ起業女子」のライフスタイルや仕事観(?)が繰り返し採り上げられるというのも、こうした新たなメディアとの付き合い方がわからない人が多いことの現れだと考えていますが、実際はどうなのでしょう・・・?
 
http://flat9.blog.jp/archives/73229709.html  Flat 9 〜マダムユキの部屋
 
 
このブログ主は、容赦なくこれら「インスタ起業女子」のキラキラぶりを斬って捨てています。なるほど、確かに、初期投資額が半端ではない人もいるし、明らかに儲かってなさそうな人もいるし。それでも、「キラキラ」し続けなくてはいけないのが「インスタ女子」の辛いところ。レイトマジョリティたちは、こうした、先端(?)を行く人たちの「キラキラ」ぶりの裏側を覗くことによって、少し安堵するのかもしれません。
 
ビジネス、起業としてのリスクを覆い隠し「インスタ起業」を煽り立てる既存メディアの薄っぺらさと、それに乗っかってしまう「インスタ女子」たちの危うさを正視できず、つい筆誅めいた書き方をしてしまうブログ主の親心もわからないではないです。
 
しかしながら、思い起こせばFacebookの普及期にも、同様の「キラキラ女子」は、大量に発生していました。その中の相当数が、柔らかく、キラキラした写真や投稿の中に小規模のビジネスのPRという本音をもっていたように記憶しています。多くの人は、(ビジネスの成功という意味では)生き残れてはいませんが、それなりにFacebookで得た人間関係を楽しんでいるようですし、後日、何らかのビジネス的なつながりを得られたような話を聞くこともあります。彼女たち曰く、初期の「キラキラ」は、貴重な学習機会だったと。
 
長い目でみれば、決して、「キラキラ」をネガティブにばかり捉える必要はないのかもしれません。