メッセージは伝わらない

 

 

平成も、あと1年ですね。

しかし、とある歴史好きの人に言わせると、平成の御世というのは、日本史上、二番めに天災や社会事件が多い、たいへんな時代なのだそうです。

バブル崩壊の間近い1989年に始まり、地下鉄サリン事件や阪神・淡路大震災、リーマン・ショックそして東日本大震災、福島原発事故と、この30年弱は、たしかに天災・人災のつるべ打ちのような体をなしています。

第二次世界大戦の敗戦という大きな犠牲を出した昭和の御世も、たいへんな時代でしたが、その歴史好き曰く、「いや、もっとも大変だったのは、貞観(じょうがん)時代だよ」と。

貞観時代...聞いたこともない、という人も多いでしょう。より大きな時代区分でいえば、平安時代の初期、西暦859年から877年。この、たかだか20年足らずのあいだに、富士山が史上最大規模の噴火を起こし、播磨の国で大地震、次いで、三陸沖で貞観大地震が起こり、それに伴い、ついこの前と同じところで、同じくらいの規模の大津波が発生、そしてさらに北陸で鳥海山が、おまけに九州で開聞岳までが噴火するという、国が滅びるか、というくらいの天災が立て続けに群発しました。

おそらく、海底のプレート運動が活発になったタイミングだったのでしょう。まだまだ迷信深い時代で、天変地異が起こるのは国を守護する天皇の徳が足りないから、と信じられており、当時の清和天皇は、祈りと祈祷に明け暮れてノイローゼとなり亡くなった、という話もあるそうです。とにかく、当時の人々にとっては、恐怖の日々だったことでしょうね。

 

さて、前記の貞観大津波で波にさらわれた東北地方では、波の押し寄せた山の中腹に石碑を建て、「ここまでは波が来た。今後、ここより下に家を建ててはならない」という警告を、後世のわれわれに向けて残した由。

しかし、年月が経ち、いつしかこの痛切なメッセージは忘れ去られ、一千年後、平成の御世になって、ふたたび大きな被害を出すことになってしまったわけです。

 

 

話はとつぜん変わりますが、こうした天変地異の際に、必ずソーシャルネット上で出てくるのが、デマ情報ですね。

東日本大震災、ひきつづく福島原発事故の際も、いくつか悪質なものが散見されました。一般ユーザの良識と慎重さがまさり、そのいずれもが全国規模の大拡散とまではいかずに済んだようですが、明らかにデマとわかるデマが、周囲で知人に勢いよくどんどんシェアされていくのを、なんともいえない忸怩たる思いで見守る羽目になったことを思い起こします。

 

これらを思い起こすと、個人的にいまでも嫌な気分になるので、別のところから、ちょっとシュールなこの事例を。

グーグルアースで無人島に7年漂流の女性を発見?→意外な展開に

http://matome.naver.jp/odai/2140250041173698201

 

無人島の砂浜に描かれたSOS...受け手に、これほど無限のイメージを喚起させるビジュアルがあるでしょうか?Google EARTHという、誰でも使える身近なツールで、どこの誰ともしれない遭難者の危急を、なんと、海のないミネソタの子供が救う...あまりにも劇的で、あまりにもロマンチックなこの展開。

...ところが、その実際は。

「日常があまりに普通で、その日常に満足していた」女性をからかうための、悪意なきフェイクだったというこのオチ。

こうした、出来すぎた「面白さ」を持つストーリーには、まず眉に唾をつけて、気をつけていきたいものです。

 

そして、メッセージの発信側として、意識しておきたい教訓があります。

「メッセージは、伝わらないもの。そして、意図したとおりに受け取られるとは限らないもの。」

 

特にソーシャルメディアでは、不特定多数のユーザに向けて発したメッセージが、必ずしも、意図したユーザにきちんと届き、そしてそのままの意味で受容されるとは限りません。マーケティングの難しいところですよね。ただ、私たちには、メッセージがきちんと届いているか、追跡し、計測するための手法が、いくつもあります。

「メッセージは、きちんと伝わるもの。そして、意図したとおりに受け取ってもらえるもの。」

こう言えるように、日々努力していかなければなりませんね。

 

 

Photo credit: ~ l i t t l e F I R E ~ on Visual Hunt / CC BY-NC-ND